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2014年2月

河内長野「党と後援会の総決起のつどい」にいってきました

26日に河内長野で「党と後援会の総決起のつどい」がおこなわれました。

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4月20日投票で河内長野市会議員選挙があります。

キックスで日本共産党の5人の候補者が勢ぞろいしました。

清水ただしさんの講演と各後援会からの贈り物など満員の会場は盛り上がりました。

集会のあとにはお誘いした、‘わいわいテニス’のコーチが入党しました。

テニスを教えてもらっている青年支部のみんなが、

「コーチ、カッコいい!」

のエールを送っていました。

私が選対本部長をする、だばなか議員の事務所も正面の看板が完成しました。

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選挙本番にむけて、猛ダッシュです!

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インフルエンザの学級閉鎖状況 富田林2月25日現在

少し暖かくなってきましたが、市内ではインフルエンザによる学級閉鎖が続いています。

2月25日現在では、伏山台小学校2年生、高辺台小学校4年生、久野喜台小学校3年生の2クラス、寺池台小学校6年生の合計5クラスが学級閉鎖となっています。

中学校の学級閉鎖は現在ありません。

ほぼ市内全域で学級閉鎖がありましたが、収束に向かっている様子です。

市役所の職員さんでも、インフルエンザで休んでいる人がいます。

大人にはあまり広がらないようですが、冬も最後です。

みなさんも気を付けてください。

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『お疲れの出ませんように』とは、このこと・・・

義父が先週、85歳の生涯をとじました。

ガンの告知を受けて、わずか1か月でした。

淡路島の医療センターから、羽曳野市の緩和ケア病棟(ホスピス)に移り、苦しむことなく手厚い看護のなか、おだやかに最期を迎えました。

私の父もガンで亡くなりましたが、終末期の迎え方は別の道でした。

苦しみや痛みを感じさせず、やりたいことをやり、好きなものを食べ、電話やパソコンも自由な「緩和ケア」。

最後まで尊厳をもった、終末の迎え方を教えられました。

淡路島と大阪の往復で妻も義母もフラフラになりました。

お葬式の前日に、義母が倒れ救急車で運ばれ、葬儀の夜にもダウンしました。

葬儀に出席するため早朝から徳島から駆けつけてくれた叔母夫婦は、淡路島に到着するなり具合が悪くなり、そのままタクシーで帰ってもらいました。

そういえばお葬式で倒れる人も何度も見たことがあります。

「お疲れの出ませんように」

の声をかけたり、いただいたりしましたが、その通りでした。

長年連れ添った夫の死や、葬儀の段取り、あいさつまわり、家の片づけ、娘との同居などきりがありません。

疲れのピークが連日続きます。

「お疲れの出ませんように」

まさにこの言葉どおりです。

ご心配いただいた皆さん、ありがとうございました。

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『大企業の内部留保と民間企業の賃金の推移』

『大企業の内部留保と民間企業の賃金の推移』

グラフは語る。

一目瞭然とは、このこと。

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‘河内長野シティマラソン’走ってきました!

‘河内長野シティマラソン’走ってきました。

ハーフマラソンでエントリーしたのですが、前日までの雪で滝畑ダムまでの林道などが走れないため、急きょ10キロマラソンとなってしまいました。

総数2554名の参加だそうで、大人気のマラソン大会です。

10時半に中村池公園をスタートなのですが、すごい人数なので先頭が走り始めても後ろの方はなかなかスタートできません。

1キロまでは、大混雑でイモの子洗い状態。

ランナーの列は最後まで途切れませんでした。

日野の折り返し点では給水の補給もあります。

先頭ランナーが折り返してきますが、すごいスピードです。

続いて女子の先頭ランナーもやってきますがぶっちぎりです。

折り返してからは後続ランナーが全員確認できます。

自分が真ん中くらいにいるのもわかりました。

坂道では追い抜かれ、平坦になると追い抜きます。

最後の1キロには、心臓破りの急坂があります。

義父の入院騒動や、議会質問の準備などで2月は1回しかランニングできなかったので最後までセーブして走っていたので、余力ありです。

坂を上りきってからの全力ダッシュで30人くらいは追い抜くことができました。

そして、なんとかのゴールです。

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55分14秒のタイムでした。

初めてもらった「完走証」です。

来年も河内長野ハーフマラソンに挑戦します。

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義父がホスピス(緩和ケア病棟)に入りました

余命半年と診断され、義父がホスピスを選択しました。

『大阪府呼吸器・アレルギー医療センター(羽曳野病院)の緩和病棟』
http://www.ra.opho.jp/feature/494.php

淡路島の医療センターから、今日転院できました。

有料の個室で、トイレ・テレビもついていてパソコンも自由に使えます。

緩和ケアを選択するまでは、食事や飲み物も制限されていましたが、今日からはありません。

さっそく、果物のジュースとお寿司で晩餐。

「旨いわー」

大トロ、エビ、イカ、など義父の好物の勢ぞろい。

まるでお祝いです。

食べられなくなる日がいつやってくるかわかりませんが、『緩和ケア』の選択はよかったと思いました。

義母はうちのマンションに同居することになりました。

年のいった子供が一人増えたみたいで、なんだか楽しいです。

でも、ひざが悪く浴槽に入りずらいようで、介護用品の踏み台が必要です。

妻の両親がそばに来てもらって、とりあえず一安心です。

狭いマンション暮らしでどんな不都合が待っているかわかりませんが、新生活のスタートです。

やれやれです。

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妻のお父さんが倒れました

先月、淡路島にいる、妻のお父さんが倒れました。

85年間入院経験ゼロという元気な人でしたが、救急車で搬送されガンの転移がみつかり、いきなり余命半年の宣告を受けました。

告知を受けた義父は、緩和ケアを選択されました。

二人暮らしの高齢者世帯に、突然の事態です。

妻は実家に帰り、義母と看病に。

医師の診断や告知、今後の見通し、対応など、家族は大変です。

大阪に来てもらう方向ですが、転院先、介護認定、義母の部屋確保、実家をどうするかなど課題山積です。

ブログの更新が滞っていますが、すいません。

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